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竹田圭吾さん…息子が選んだ服でお別れ [訃報]

2016年1月10日14時すぎ、すいぞうガンのため東京都内の病院で亡くなられた

ジャーナリストの竹田 圭吾さん。

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http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp283012より引用

51歳という若さで亡くなられたことは

家族にとっても残念なことでしょうし、

ご自分が一番悔しいでしょうね…

ご家族は奥様と3人のお子さんがいらしたとのこと。

棺には「息子(17)が選んだという青いシャツにジャケット、チノパン、メガネなどが納められた。

という報道があったことから、

息子さんがいらしたんですね…

多感な時期である17歳でお父様を亡くされ、

将来のことも考え始める頃でしょう。

正々堂々、病気と闘ったお父様を間近で見ていたでしょうから、

きっと立派な息子さんになられますよね。



プロフィール


竹田 圭吾(たけだ けいご)さんは、1964年12月30日東京都中央区生まれ。

芝中学校・高等学校、慶應義塾大学文学部史学科卒業。

大学卒業後、『月刊タッチダウン』の記者を経て、1993年、TBSブリタニカに入社、

ニューズウィーク日本版』編集部に入る。

1998年に副編集長、2001年から2010年10月まで編集長を務めた。

その後フリーランスとなり、主にテレビの情報番組でコメンテーターとして活動。

2010年10月6日より、東京都中央区教育委員を務めた。



2013年秋、体調不良を理由に一時休養したが、2014年春にテレビ・ラジオ番組に復帰

2015年9月27日、コメンテーターとして出演するフジテレビ系の情報番組『Mr.サンデー』において、

自らががん治療中でかつらを着用していることを告白した。


多くの共演者が竹田さんを偲んだ


葬儀・告別式が16日、東京・築地本願寺で営まれ、

フリーアナウンサーの宮根誠司(52)や女優宮崎美子(57)ら約400人が参列した。

弔辞では竹田さんの友人でジャーナリストの津田大介さん(42)が

「竹田さんにはメディアは世の中の空気の温度を調整するエアコンという持論があった。

今日は大勢の人が来ています。竹田さんが調整してきたメディアの空気に心地よさを感じていたからと思う。

竹田さんは日本一のエアコンです」と号泣。

フジテレビ系「とくダネ!」で共演した女優、中江有里(42)は

「最後のテレビ出演でご一緒したときに、

竹田さんが椅子に座り直そうとして崩れ落ちるように倒れた瞬間があって、

動くのも辛いのにいらしてらっしゃって仕事にかける思いを感じました」と回顧。

「コメンテーターとして指針になる方でした。

言葉の選び方や立ち振る舞いどれを取っても尊敬すべき存在でした。早すぎます」と悼んだ。

イベントや番組などで共演したテレビプロデューサーでタレントのデーブ・スペクターは

「最後までテレビに出ていたので他界したなんて信じられない。明るくて楽しい方でした」と偲んだ。

棺には、竹田さんが編集長を務めていた週刊誌「ニューズウィーク日本版」の特別版や著書「コメントする力」、

長男(17)が選んだという青いシャツにジャケット、チノパン、メガネなどが納められた。(サンケイスポーツ )


「とくダネ!」最後の出演は、拳を握りしめて辛そうに…


「とくダネ!」では1歳年上というフジテレビアナウンサーの笠井信輔(52)は、

同番組スタッフに聞いた話として、竹田さんの最後となった昨年12月22日の出演後、

楽屋に帰ったら荷物がかばんに詰められないんですって。それでスタッフに『荷物を詰めてもらえますか』

『コートを取ってもらえますか』と言って、それでスタッフが手伝った。

(体がそういう状態でも)出演するのが生きがいなんだ、元気が出るんだという話をされていて、

最後の最後までメディアという舞台で人生を全うしたいんだと感じた」と、偲んだ。

小倉キャスターや笠井アナが竹田さんとの思い出を振り返る間も

菊川は終始、涙を流し続け「中江さん(中江有里)に聞いたんですが、

最後にとくダネ!に出られた日、中江さんと楽屋まで帰る時、拳を握りしめて辛そうにしていた。

でも最後までコメントされていて…」と声を振り絞りながらコメントした。



宮根誠司「生き様を見せてもらった」



武田さんが亡くなられた日に放送されたフジテレビ系情報番組「Mr.サンデー」(日曜後10・0)の終盤、

司会を務めるフリーアナウンサー、宮根誠司(52)は「生き様を見せてもらいました」と偲んだ。

竹田さんは昨年秋に同番組に出演中にがんで闘病中であることを告白していた。 

宮根は竹田さんが亡くなったことを伝えた後、「生き様を見せてもらいましたよね」と言うと、

「僕より1つ歳下なんですけども、『今年のサンデーはもうひと暴れしますのでお願いしますね』って言ったら

『やりましょう』って」と寂しがった。

「でも、こうやって生きていって、こうやって旅立っていくんだなっていうのを本当に体現した人ですよね」と悼んだ。

同じくコメンテーターの木村太郎氏も「この人にすごい刺激を受けていたので残念ですね」と話した。


竹田さんの早すぎる死に、多くの方が悲しみ、残念な思いであったことが伺えます。

竹田さんのご冥福をお祈りいたします。
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